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第1回国際シンポ 「共同事実確認の可能性: 政策形成における科学的情報の役割」

開会挨拶
森田 朗(東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
(科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム総括)

 皆さん、おはようございます。ただいまご紹介いただきました森田でございます。私は本学の法学部の教員をしておりますけれども、同時に科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発センター(RISTEX)における「科学技術イノベーション政策のための科学」の研究開発プログラムの、総括と呼んでおりますけれども責任者を務めております。
 本日は、そのプログラムの1つのプロジェクトとして採択されました「共同事実確認手法を活用した政策形成過程の検討と実装」の第1回国際シンポジウム「共同事実確認の可能性:政策形成における科学的情報の役割」にご出席いただきましてありがたく存じます。大変長い難しい名前が付いているのですが、一言で言いますと共同事実確認の可能性を探ろうというシンポジウムでございます。
 今日、世界はもとより日本も多様な社会的な課題に直面していると思います。長期的なトレンドとして少子高齢化が進行しています。この少子高齢化は人類の歴史上初めてわれわれが遭遇するもので、その中で日本がその最先端、最も深刻な状態にあると申し上げてよいかと思います。また欧米諸国でも大変な危機となっている財政赤字の問題については、日本はまだある意味では安定しているのかもしれませんが、その規模においては世界のトップであると言えると思います。
 加えて、間もなく1年がたちますけれども、昨年の3月11日には東日本大震災が起こりました。その復興がまだ大きな課題になっていますし、その中でも原子力発電所の事故については、これもまだ人類が遭遇したことのないような大変な災害ですので、それに対して取り組んでいる。
 このように考えてみますと、わが国は大変厳しい環境の中に置かれているわけですが、それに対して科学技術の果たすべき役割というのは大変多いと考えられるわけです。わが国も、これまでの4期にわたる科学技術基本計画もそうですが、科学技術に対して国も大変多額の投資をしてまいりました。しかしながら近年それに対する評価、意見というのはそうした投資に対して十分な効果が表れていないのではないかというような疑問が呈されているわけです。
 むしろそうした科学技術の研究そのものの投資も必要ですが、その成果を社会のいま申し上げたような課題の解決に用いることができないのかどうか。第4期の科学技術基本計画にも書かれているわけですが、そうした意味ではこれまでの科学技術の成果を現実の社会的な課題の解決につなげていく。そのためには政策に役に立つような、政策のための科学というものをきちっと確立していくことが必要ではないかというわけです。
 基本計画の文言を使いますと、科学技術研究の成果を新しい経済的、社会的、公共的な価値の創造と社会システムの変革につなげるような仕組みを構築する。そのために科学というものをつくっていくべきではないかということです。こうした背景を踏まえてRISTEXの「科学技術イノベーション政策のための科学」、この研究開発プログラムは客観的な根拠、エビデンスに基づいて科学的方法によって政策をつくっていく。そのために必要な体系的な知見を生み出すことを目的に進められています。
 このプログラムではまず第1に、さまざまな政策のエビデンスを示すことを目標としています。いわゆる思いつきとか勘とか、そういうものではなくて、客観的なデータに基づく、evidence-based policy-makingと、それに資するようなデータをきちっと示していくことができるように、個別具体的な技術を題材としたイノベーション過程の分析や、より一般的な分析の方法論を検討していく。そういうことをめざしています。
 第2には、こうしたエビデンス、客観的な根拠を見出すだけではなくて、そのエビデンスが政策過程、政治過程の中で有効に使われるように、その使い方を示すこともめざしています。政策を検討する段階でどのようなエビデンスが決定の判断材料になるか。これをきちっと考えていくことも必要でしょうし、また誰がどのようにエビデンスを用いるのかということについても注意深く考えることが必要であると考えられます。そうした観点からは、こうした政策のための科学というものを十分に身に付けて、そして政策の立案に資することができるような人材の育成も大変重要であると言えると思います。
 RISTEXでは昨年7月から、この科学技術政策のための科学に関する3年間のプロジェクトを公募で始めました。昨年、本年度ですけれども6件のプロジェクトを採択しました。その中には新しい科学技術の芽を探し出すような研究もありますし、あるいは芽を育てていく、産業化していたくためのさまざまな手法を研究しようというものもあります。さらにそうした産業化を進めていくためには社会的な制度、政策そのものを変えていかなければいけない。政策を変えていくためには社会的にそれを受け入れられるような合意を調達していく必要があるけれども、その方法に関するものであるとか。
 そうした形でのさまざまな研究が提案されています。ただ私どもとしてはそうした研究をそれぞれバラバラに勝手に進めていただくというのではなく、私も含めて事務局あるいはマネジメントサイドが積極的に関わり、調整をしていくことによってプログラム全体として政策のための科学と、そうした体系を構成するような調査研究をすることをめざしているわけです。そしてその成果が現実に使われて社会的な課題の解決に結び付くということを期待しているところです。
 本日の松浦特任准教授による共同事実確認手法のプロジェクトも、われわれの採択したプログラムの1つですが、これはプログラムの中でも特に「政策形成における社会との対話の設計と実装」に資する研究開発です。先ほど申し上げましたように、この研究の成果を社会的に受け入れてもらう、あるいは社会的にそれを支えていくためには国民との間のコミュニケーションが非常に重要なわけで、それを進めていく手法に関する研究開発のプロジェクトであると考えているところです。
 これは言い換えると政策形成の中での合意をどのように形成していくのか。エビデンスに基づいて合意を形成していくということを、この「政策のための科学」のプログラムは目的としていますが、このプロジェクトが対象とする課題の重要性ということは今日さまざまな政策がむしろ、ある意味での社会的な意識、あるいはその制度が古いというようなことによって実現できないということを思い浮かべますと、このプロジェクトの重要性は改めて申し上げるまでもないと思います。
 政策としては科学技術イノベーション、これ自体いろいろな意味があるかと思いますが、新しい技術の開発をめざすということだけではなくて、それの外延としては環境問題、食品の安全問題、あるいは海洋資源の利用、海洋一般に関することといった、より現実の課題に即した事例を取り上げました。政治的な討議の中にエビデンスをどのような形で導入することができるか。その方法論を検討する研究であると聞いています。これはプログラムの中では1つのジャンルを占めるユニークな存在だと思いますが、このプロジェクトの成果が、社会に対して具体的なメリットをもたらすことを目的とするRISTEXの立場からすると大いに期待されるところだろうと思います。
 多くの政策は非常にいいアイデアがあり、そして産業化すればたぶん日本の成長にも貢献するだろうと思われるわけですが、現実にはわが国における規制の制度が厳し過ぎてなかなかそれが実用化できないとか、あるいは国民の安全性についての意識というものが非常に過敏であって、それが産業化をある意味で妨げているようなところもないわけではない。それはそうした意識の問題ではなくて、きちっとエビデンスに基づいてどれくらいリスクがあるのか。そういうことを明らかにしながら議論をしていくことによって、いま申し上げたような必ずしも合理的とは思われないような障害を取り除いておく。これが非常に重要だろうと思っています。
 最後になりますが、このプロジェクトは単に社会実験をいくつか実施して、そしてそれを評価して終わりにするというのではなく、システムを社会に実装するという目標に向かってさまざまな行政機関や企業といった関係者、ステークホルダーという人たちの参加を求めながら、このプロジェクトが終了したあとも実際に使われるような、あるいはそれに資するような人材を育成し、そのネットワークをつくっていく。そういうことができるようにぜひがんばっていただきたいと期待しているところでございます。
 伺いますところでは、本日はアメリカから元内務相副長官で現在Resources for the FutureというNGOでシニアフェローをされているリン・スカーレットさん、またRISTEXの先行調査で実は昨年いらしていただいたわけですが、コンサルタントのピーター・アドラーさんに遠路はるばるとおいでいただいていると伺っています。また合意形成の分野では非常に有名なMITのローレンス・サスカインド教授からも、おいではいただいておりませんけれどもビデオでのご講演をいただいていると伺っています。
 アメリカの場合にはこうした研究が先行しているようですが、日本の政策のための科学がそこから学ぶことも非常に多いと思われますので、本日のご講演、そしてそれに続くパネルディスカッションが、わが国における政策のための科学の発展のために資するということを期待しているところでございます。それでは私のごあいさつはこれぐらいにさせていただきます。どうもありがとうございました。