第1回国際シンポ 「共同事実確認の可能性: 政策形成における科学的情報の役割」
iJFFプロジェクトについて
松浦正浩(研究代表者、東京大学公共政策大学院特任准教授)
今回のプロジェクトですが、「共同事実確認手法を活用した政策形成過程の検討と実装」という名前のプロジェクトで、英語では「Integrating Joint Fact-Finding into Policy-Making Processes」という名前でやらせていただいております。
今回の趣旨ですが、政策のための科学ということで政府が動いているわけですが、その動きに関して若干の懸念があったというのも正直なところです。非常に近視眼的に「科学的根拠に基づく政策選択」と言うと、どうしてもこういうふうなリニアなモデルを想定される方が最初は多いかもしれません。
つまりいろんな政策選択肢があるということで、そこに科学的情報があれば複数の政策選択肢から1つを有意に選ぶことができて、それが合理的で客観的な政策選択であるというふうにお考えの方も多いでしょうし、実際、政策形成過程、政策分析の教科書みたいなものを見ると、こういうのがあたかも合理的に、客観的にできるかのように書いてあるわけです。しかし実際には、その科学的情報をつくるのは誰かと言うと人間であるわけです。その人間とは誰かと言うと、専門家とか、科学者とか、実際には官僚であったりするわけです。
さらにその政策形成過程ということで見ると、そこにはマスメディアの圧力とか議員とかいろいろいるわけです。それらは何かと言うとステークホルダー、そして一般の国民がいるわけで、その政策から影響を受ける人たち、すなわちステークホルダーがこの政策形成過程に関わってきています。この人たちも独立に存在するかと言うとそんなことはなくて、実はみんな、この専門家もステークホルダーもつながっている。そして自分の都合に合わせて政策選択肢を選んだり、デザインしたりするといったような問題が起きるわけです。
これだけでよければいいのですが、実際にはある1つの政策課題についてこういう揉め事が起きているとしたら、それは1つの閉ざされた空間であるわけですが、実際にはもっと複数の政策があって、それが相互に関連しているわけです。そういう複雑な環境の中で科学的根拠に基づく政策選択とか政策形成というものを行わなければならないという問題があるわけです。
この図は私自身、しょっちゅう使う図ですので簡単に紹介させていただきます。結局ステークホルダーとか一般国民とかが協議して議論するということはあるわけですが、そこで対立が見られたときに、それぞれのステークホルダーの後ろに専門家が付くということで、ステークホルダーを後ろから後押しする専門家が出てきてしまうということで、こういうものをよくadvocacy scienceという言い方をします。
そういったようなadvocacy scienceが起きるとき、最終的に何が起きるかと言うと、科学者自身が公の場で対立するわけです。そういうのはよくadversarial scienceと言うわけです。その対立というのが、学会とか研究集会とかでの科学的な対立と言うよりは、むしろ政治的な対立に発展してくるという問題があるということです。ですからステークホルダーが対立しているときに科学者、専門家が入ることで問題が解決するかと言うと、そんなことはなくて、実はもっと逆かもしれない。入ることで余計に混乱が生じてしまうという問題があるということです。
また実際の日本の審議会などの意思決定過程を見てみると、このような問題があるのではないかということです。国民とかステークホルダーみたいな人が専門的な見解を欲しいと。実際、科学というのは先ほどからピーター・アドラーさんにおっしゃっていただきましたけれども、白黒はっきりするような結論は出てこないわけです。
2050年にここの平均気温は何度ですかと言って、15度ですみたいなことを言ってくれる専門家はいないし、そんな科学はないわけです。でもそういう期待を持っている。行政当局は困ったなということで、学識経験者の委員会みたいなものをつくるわけですが、そもそも同一の専門分野内でも意見が一致しない。それには政治的な理由があるかもしれませんが、もっと純粋に科学的な情報の不確実性から、そういった意見の対立、見解の相違が生まれてしまうかもしれないということ。
あと、なかなか難しいのが複数の分野の研究者や専門家が1つの委員会に入ってしまっていることによって、隣接分野で共通言語がなくて、専門家間のコミュニケーション自体が成立していないということです。ある人はこういうことを言っているけれども、ある人はこういうことを言っているというので、ある同じ共通の言葉がまったく違う意味を持っていたりしてコミュニケーションが成っていないということが起きていたりする。
また複数の分野の専門家が1つの委員会みたいなものに入っているとき、実際に、原子力発電所が地震に対してどれぐらい安全かということに関しての過去の委員会を検証したような話で、こういったようなスライドをつくったのですが、例えば地震がどれくらい起きるといったような地質学の専門家が争っている中で、原子炉建屋の構造の専門家の先生が、いやいや地震なんて起きないよとか、こういったようなもんじゃないですかといった判断みたいなものを言ってしまう。でも実はその先生は地質学の専門家ではなかったりする。
そういったような人が一緒くたになって議論するような場が起きてしまうと、結局印象論として感想を述べてしまうといったようなことが専門家委員会の中で起きてしまったりする。最後に、委員会からつまはじきにされたような専門家の人がいたら、それはまったく別の場面から異論を国民に対して直接情報提供をする。そういった形でこのようなカオスの状態が起きるということです。
データをちょっと調べてみたのですが、震災でわれわれはいろいろ経験したわけですが、科学者に対する信頼というものがどのように変化したのかといったようなデータがないかなと思って探してみたのですが、NISTEPさんのインターネット調査の結果を見てみると、私はちょっと意図的にこういうグラフをつくっているところもあるのですが、「信頼できる」というふうに回答した人が震災直前までは少し上がっていたのですが、地震の直後にここまで下がって、あとで若干上に向いている。「どちらかというと信頼できない」という人がガッと上がったということです。
ただ、実は数字を見ていただければ分かる通り、これ以外の回答をしている人がほとんどで、「どちらかというと信頼できる」という人は、実際にはそんなに大きく変わっていません。ただ「信頼できない」と確定的に言う人は若干増えていたり、「信頼できる」と確定的に、affirmativeに言う人は減っているといったような現状です。
「科学的情報に係る合意形成の困難」ということで、これはピーター・アドラーさんがつくったリストです。環境紛争解決といったような、ダムをつくったりとか、川のマネジメントとか、そういった領域でどのような問題が起きているかということをピーターさんがまとめられたのですが、20個ぐらいの項目があります。これだけの専門家の情報を合意形成に利用するというのは難しい。これだけの問題を解決しなければならないということになるわけです。
ではその解決策として何があるのかということで、共同事実確認というものが使えないかどうかをこのプロジェクトで検討していこうと思います。
Joint Fact-Findingですが、いままで3人の方々からお話しいただきましたので、簡単にポイントだけお話ししたいと思います。1つ目は専門家に投げ掛ける疑問もステークホルダーが検討する。フレーミングするということです。
2つ目、ステークホルダーの責任で専門家を選ぶ。いままでの審議会とかであれば事務局がセットアップしていたわけですが、専門家は事務局じゃなくてステークホルダーが決めるということです。この人がいいというのをステークホルダーが合意するということ。あと科学的情報の限界とか知見の相違も明らかにする。いままでの審議会とかだと、あたかも専門家の合意というものが存在して、それが出てきているように思われているわけですが、実際には科学であるわけですから、それなりの信頼区間というものも存在するはずです。そこらへんを提示し、指針とするということ。
最後に、「ステークホルダーの責任で専門家を選定」と言うだけでも合意形成は困難ですので、そこにファシリテーターみたいな方が入ってきて、それこそピーターさんみたいな方が入って、その場のコミュニケーションのやり取りをするといったようなポイントがあるかなと思います。それ以外のことはこれまでお話しいただいた内容と同じです。
これを日本に社会実装するための仕組みとして、どのようなことが可能なのか。それを検討するのが今回やらせていただいているプロジェクトの趣旨です。
具体的な計画とあるのですが、大きく言うと(1)(2)の項目。つまりまず方法論を検討しましょう。今回のシンポジウムのように、どういう方法論なのかということをまず理解しましょうということ。それだけではなくて、先ほどスカーレットさんからおっしゃっていただいたのですが、制度というものが極めて重要になってくる。つまりこういうコラボラティブなプロセスを入れるといったときに、既存の法制度の調整が非常に重要になってくるわけです。先ほどスカーレットさんがおっしゃっていたように、例えばアメリカには国家環境政策法、NEPAという法律がありますが、NEPAとJoint Fact-Findingをどういうふうに接続するのかというのはアメリカでも問題になっています。
日本でもこういったような制度を入れる場合に、日本の既存の法制度、環境影響評価もありますし、いろんなリスク関係、安全基準とかいろいろあると思いますが、そういったような制度とどういうふうに接続するのか。あと接続を政府とか議員とかに考えさせるための戦略という、もっとメタなレベルの戦略とは何なのかというのをわれわれとしては考えていきたいと思います。そこは頭で考えるところなのですが、その実証実験として実際にやはり現場に出てやってみることも大事だろうということで3つほどテーマを設定しています。これについては後ほど紹介します。
最後にネットワーキングということですが、それこそfacebookだ、twitterだ、ウェブサイトだというのもありますし、あと今回のシンポジウムのように皆さんにお話を聞いていただくといったような場を設定するというのも進めていきたいと思っています。
工程表です。細かいことはご説明しませんが、今年度に始まって、24年度、25年度に実証実験をやって、26年度の前半に取りまとめをするという3年間のプロジェクトです。
これは先ほど説明したのでほとんど省きますが、つまり方法論を検討するというのも大事です。つまりJoint Fact-Findingというのはどういうやり方でやるんですよという、一番最初のサスカインド先生のようなまとめというのも1つ大事でしょうが、あれを聞いたからといって、すぐ明日からじゃあやりましょうと言ってできるかというと、そうでもない。もしかしたらできるかもしれないけれども、そこで出てきた成果は政策形成に対して何の影響も持ち得ないかもしれない。ということで、ガイドラインをつくるといったようなことも大事ですが、もう1つ、やはり制度としてどのように埋め込んでいくかというのもわれわれとしては強く検討していきたい、焦点を置いていきたいことの1つです。これが考える部分です。
実証実験なのですが、1つ目はエネルギーということで、われわれは離島に着目することにしました。離島というのは実は分散型エネルギーというのが必要で、グリッドで接続されている離島はいいのですが、そうじゃない離島が日本にはたくさんあります。そういうところではガスとか重油とかを焚いて、それぞれの島に発電所があって電気をつくっているわけです。
でもこれから石油価格がどうなるか分からないとか、そもそも化石燃料を焚いていていいのかどうかという問題があるわけです。じゃあ分散型の自然エネルギーみたいなものが必要だよねということになってくるわけです。ただ、これから自然エネルギーと言ったときに、あれだけ選択肢がある中で、どれが離島に適しているのかを考えると、極めて科学的情報を有効に活用しなければならない。そこでケーススタディとして、若干ここの選択については私のコネクションとかいろいろあったわけですが、ほとんど韓国に面している長崎の対馬という国境離島で、森林資源をエネルギー源として利用することを考えたいと市のほうでは考えているということで、その活用の方法とか、サステイナブルの活用の方法をJoint Fact-Findingで考えたらどうだろうかということで提案させていただきました。
実際に去る2月に市役所の中で委員会がスタートして、その中にわれわれも介入させていただいています。われわれとしてはエネルギーの問題なので、それこそ電気関係とか、そういったエネルギーのステークホルダーとか、もうちょっと幅広くステークホルダーを捉えたいと考えています。とりあえず今年の8月ぐらいまで実際の協議は待っていただいて、これから8月ぐらいまでの間われわれが介入して、もうちょっと幅広いステークホルダーを想定して、その人たちも巻き込んだプロセスにしていこうと戦略を練っているところです。
食品安全なのですが、実は昨日、担当のグループの人たちに集まっていただいて検討して、印刷して配っている資料にはいくつかテーマが書いてあると思うのですが、1つに絞られました。何をするかと言うと、食品の放射性影響です。食品から摂取される放射性物質がもしあれば放射線が体に影響を及ぼすわけですが、その対応についていろいろな考え方がいまでもあるというのは皆さん新聞などをご覧になってご存じかと思います。
その中で、どういうところで規制とか、そもそものコンセプトで違いがあるのかということ。LNTを使うのか、そうじゃないのかといったような問題ですよね。そういうものをどうするのかというところを考えていくことをこの食品グループではやっていくことになっています。詳しくは省かせていただきます。
海洋空間計画ということで、これから海のゾーニングをやっていかなければならないと言われています。特に海洋再生エネルギーということで、洋上風力発電みたいなものをやろうとすると、ここからここは漁業ですよ、ここからここは風力発電ですよとか。それこそこういう熱水鉱床みたいな形で深海を掘るみたいな話もあるのですが、そうするとそこは工区ですよみたいなものを設定しなきゃいけなくなってくると利害調整が必要になってくるのです。しかしそこは政治的な駆け引きだけではなくて、海洋に関する多様な科学的知見を取り込まなければいけないし、さらにローカル・ナレッジが大事になってくるということです。
それぞれの海を管理している漁師さんが論文を書くことはないわけですが、漁師さんは頭の中でその理論を持っているわけです。ここで行ったらこういうことが起きるとか、それこそ日本の何千年の歴史の中で受け継がれてきたローカル・ナレッジみたいなものもあるわけです。そういったものも取り込んでいかなきゃいけない。それは科学じゃないからと否定するようなことをしてはいけないと思います。そういったローカル・ナレッジを含めた科学的情報とステークホルダー合意を取り込んだ海洋空間計画をつくり、岡山の日生(ひなせ)という地域で実証実験を行いたいと考えています。
こういった3つの事例を基に成果の実装につなげていきたいと思っています。具体的には今回の実証実験とか、あと今回のシンポジウムなどを含めて、アドホックな実験とか、そういったような情報の交換ですよね。ベストプラクティスを集めたりということで実践を少しでも拡大していきたい。ですので今回3つの実証実験をこのプロジェクトの一環でやらせていただきますが、それ以外にも皆さまの中でもしご興味をお持ちになる方がいたら、われわれも関与させていただきたいし、われわれが関与しないところでも興味のある方に勝手にやっていただくことによって、とにかく実践を少しずつ増やしていくということです。そこから始めていきたいと考えています。
何事も実践が最初にあって、そこから少しずつ、例えば10くらいケースが集まれば、じゃあこれって有用だよね、駄目だよねっていうところが明らかになってきて、次第にそれが制度化に向かうと思うのです。ただ制度化と言っても、いきなり法律とかガイドラインをつくって国からトップダウンでやりなさいと。例えばすべての環境アセスメントにおいてJoint Fact-Findingをやるべしみたいなお達しを例えば政令で出すみたいなことをやっても、なかなかうまくいかないだろうと私は考えています。したがってボトムアップの準備もこれと一緒にやっていかなきゃいけない。
つまり既存のファシリテーターの方々とか、先行事例のネットワークとかを使って、Joint Fact-Findingといったものを支援するような組織ですね。それは先ほどピーター・アドラーさんがおっしゃっていたKeystone CenterというNGOとか、サスカインド教授のやられているConsensus Building InstituteみたいなNGOでも構いませんし、もうちょっと全国的な学会的な組織でもいいのかもしれません。いずれにせよ、そういった支援組織が必要で、そのあとで何らかの制度化がされるべきだろうと思います。
今回いらしていただいている方の中に文科省関係の方が多いかもしれないのですが、やはり次期の科学技術基本計画の中で、いわゆる文部科学省が所掌するリサーチ・アンド・ディベロップメントと、ほかの省庁が所掌するリサーチ・アンド・ディベロップメントをうまく調整していかなければいけないだろうとか。逆に各事業官庁でやるような政策形成過程に科学的根拠を使ってもらうといったような形で、いままでの縦割りではない、ちょっと横串を刺したような仕組みも、たぶん次期の科学技術基本計画では出てくるのではないかと思います。
現在、そもそも総合科学技術会議の改組みたいな話がある中で、そのガバナンスを見直そう、司令塔機能をつくろうみたいな話も出てきていますので、たぶん横串を刺すような仕組みが何年後かには必要になってくるだろう。そのときにこのJoint Fact-Findingがうまく潜り込めればいいのかなと。それで制度化みたいなものが図れればいいのではないかと私自身は考えて動いているところです。
こういう形で私のプロジェクトを進めてまいりたいと思いますので、もしご興味があれば、最初のほうに出していますがウェブサイトがありますので、そこらへんを見ていただいて、ツイッターもありますのでご批判、コメントをいただければと思います。どうもありがとうございました。